今月の樹木(2018年03月)
2018年 03月 06日
クロモジ(黒文字 落葉低木 雌雄異株 クスノキ科)
花期3~4月 果期9~10月
3月に見られるクスノキ科の花はクロモジ以外にはダンコウバイ、アブラチャンがあります。どれも小さな花が一塊になって咲きますがダンコウバイやアブラチャンは開花の後に新葉が見られるのに対し、クロモジは開花とほぼ同時に新葉が展開します。新葉は枝先に集まって付き、その形は羽根突き遊びの羽根のようにも見え、その基部に付く半透明の小さな花の集まりと相まって、枝の先々には自然が作る造形美の趣といった感が有ります。
樹皮や葉には清涼感のある芳香が有り、抽出される精油(エッセンシャルオイル)には様々な薬理作用が有るといわれています。以前にこの香りを嗅いだとき、鼻の通りが良くなったように感じたのは血行促進作用があるといわれるその効用だったのでしょうか。熟すと黒くなる
実にも同じような香りが有るようです。
香りのよいクロモジは高級楊枝として菓子楊枝や爪楊枝に利用されていて、戴き物の高価な和菓子に切り分け用に表皮の付いたクロモジの楊枝が付いていたことがありましたが、お茶の世界ではこの楊枝のことを楊枝とは言わずに黒文字と言うのだそうです。
クロモジの名は、若い枝の暗緑色の樹肌に現れる黒班を墨で描いた文字に見立てて名づけられたというのが通説です。名の由来を知っていても黒班は単なるシミにしか思えませんでしたが、色々な樹木の名の由来を知るにつけ、この説もまんざらでもないように思えてきました。
木の葉を筏に見立て、その葉脈上に付く花を筏に乗る人に見立てたハナイカダの例や、ヤマボウシの名は、花の中央の丸い花穂と周りの白い苞を白い袈裟を頭に巻いた山法師(山寺の僧侶)に例えたという昔の人の想像力や発想力の豊かさからすれば、クロモジの黒班も文字に見えたというのも納得できます。
ところがクロモジの由来に最近別の説を目にしました。それは、昔の貴人に仕えていた女房(高位の女官)の間で使われていた物事を婉曲的に表現する女房言葉の一つに、かもじ(髪)、しゃもじ(杓子)のように語尾にもじを付けるもじ言葉というのがあり、元は黒楊枝と言っていた楊枝を奥ゆかしく黒もじと呼んだというものです。
昔の宮中の女性たちは、万葉仮名を崩して平仮名の元となったというくずし字で和歌や恋文をしたためていたそうですが、女房の間では楊枝を単に黒もじと呼んだだけでなく、表皮に残る文様を文字通り文字に見立てて優雅に言葉遊びもしていたのでは、と考えてみるのも面白いですね。ひょっとして、文字に見立てたという説の始まりも、本を正せば女房たちだったのかもしれません。そんな思いで改めてクロモジを見てみると、シミに見えていたものが万葉仮名のくずし字に見えてきました。